「実はわたし、、」
カウンセリングの時、彼女は話しはじめた。
「今時おかしいかもしれないんですけど、今回バッサリ切るのは、彼と別れたからなんです」
ずっと伸ばしていたその髪は、彼女のイメージの象徴だった。
僕は一瞬驚きながらも、それはとても有効な策である事を伝えた。
過去を効率よく振り切るには、できるだけ思い出す回数を減らす事。
そのために物を捨てたり環境を変える事が1番で、あとは時間が解決してくれる。
恋愛でよくいう話で、男は一本道で、女は曲がり角とはよくいう。簡単にいうと過去を振り返った時に未練があるかどうかの話だ。
本能的にそれだからなのかわからないが、
男はモノや思い出を捨てずに置いておきたがり、女はさっさと捨てて先に進もうとする傾向がある。
リマインドしないために。
とても効率的である。
もちろんヘアデザインの前提として、骨格や全体のバランスとの相性も考えての話もした。
シャンプーの後、
20センチほどの長さを1度に切り落とす。
もはやこれは大手術である。
濡れた髪を切りすすめて、
リップラインの延長のところのボブに揃ったところで、僕はドライヤーのスイッチを入れた。
形を作るのは濡れている時に作る方が作りやすく、量など、ディテールの調整は乾かして切るのが相性がよい。
彼女は絶え間なく話を続けてくれているが、
ドライヤーの風の音がそれをかき消そうとする。自然と2人の声は大きくなり、やがてフロアのサウンドの一部となった。
乾ききると僕は仕事を再開した。
みるみる頭が小さくなっていった。
たまに少しだけ離れてスタイルを確認する。
すると、
「なんで少し離れて見るんですか」
とたずねられた。
僕は、近くでみるのと離れた所からみるのではモノの見え方は違うこと、一度離れてもう1度見ると、直す所やいい所がよりよく見える事を伝えた。
「距離感、、なんでもそうなんですね」
彼女は遠い目をしてそう言った。
僕は全ての経験値と情熱を彼女のこれからの日々のために全力で注いだ。
気がつけばハサミを動かしている右腕の上腕二頭筋がパンパンに膨れ上がっている。
そんな極限の緊張状態のなか、
美しいマチルダ・ボブが出来上がった。
しかしその瞬間興奮した僕は、
一丁あがり!
と、うっかり寿司屋の大将のような台詞を出してしまっていた。
赤面する僕に彼女は優しく、、こう答えてくれた。
「大将、、今日はいいネタが入ったわね」
なんてノリのいい女性なんだ。
相手の男にはとことん見る目がなかったのであろう。
仕上がりを見た彼女の目はとても輝いていた。
彼女は首を左右に振ってみた。
ロングの頃ならワンテンポ遅れてついてくる毛先が、同じタイミングでついてくる。
まるで飼い主にとてもよくなついた
ポメラニアンのようだ。
クセでいつも触ってしまってた、少し傷んだ毛先もそこにはなく。
どの動作をしても、彼と過ごした過去の自分はもうどこにもいなかった。
いらないコトはバッサリ切った毛先とともに美容室に置いていこう。
そしてまた彼女は歩いていける気がした。
振り返らず、うつむかず、
前だけを見て、、。
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(完全にフィクションです)